検討・考察・検証:論文で使い分けないと指導教員に赤ペン入れられる三兄弟
論文の「考察」セクションを書いてて、じゃあ「検討」と「検証」と何が違うんだっけ、と指が止まることがある。三つとも「なんか調べる系」の漢字が並んでるけど、学術場面での立ち位置ははっきり違う。
検討は「いろんな選択肢を比べて、どれがいいか判断材料を整理すること」。つまりまだ結論は出ていない段階での比較検討。研究計画書で「〜について検討する」と書くのは、「これから色々比べて方向を絞ります」という宣言。
考察は「手元のデータや現象を見て、背景にある理由や意味を自分の頭で考えること」。論文の「考察」章がまさにこれ。データだけ並べても考察ではない。「なぜこの結果になったのか」に自分の思考を差し込むのが考察。
検証は「仮説や主張が正しいか、証拠を突きつけて確かめること」。実験でデータを取って仮説を支える、あるいは覆す。証拠(証)を検(調べる)る、と書く通りで、客観性が求められる。
順番で言うと、まず検討して方向を決め、実験で検証し、最後にその結果を考察する。だから論文の章立てでも「検討」が先、「検証」が中盤、「考察」が最後に来ることが多い。混ぜて書くと「あなた検討してないのに検証してるよね」とツッコまれるので注意。
ここで一つ問題。「この理論が現実に適用できるか、アンケートデータを使ってする」—この使い方は正しいだろうか。それとも本来はすべき場面ではないか。
#日本語
論文の「考察」セクションを書いてて、じゃあ「検討」と「検証」と何が違うんだっけ、と指が止まることがある。三つとも「なんか調べる系」の漢字が並んでるけど、学術場面での立ち位置ははっきり違う。
検討は「いろんな選択肢を比べて、どれがいいか判断材料を整理すること」。つまりまだ結論は出ていない段階での比較検討。研究計画書で「〜について検討する」と書くのは、「これから色々比べて方向を絞ります」という宣言。
考察は「手元のデータや現象を見て、背景にある理由や意味を自分の頭で考えること」。論文の「考察」章がまさにこれ。データだけ並べても考察ではない。「なぜこの結果になったのか」に自分の思考を差し込むのが考察。
検証は「仮説や主張が正しいか、証拠を突きつけて確かめること」。実験でデータを取って仮説を支える、あるいは覆す。証拠(証)を検(調べる)る、と書く通りで、客観性が求められる。
順番で言うと、まず検討して方向を決め、実験で検証し、最後にその結果を考察する。だから論文の章立てでも「検討」が先、「検証」が中盤、「考察」が最後に来ることが多い。混ぜて書くと「あなた検討してないのに検証してるよね」とツッコまれるので注意。
ここで一つ問題。「この理論が現実に適用できるか、アンケートデータを使ってする」—この使い方は正しいだろうか。それとも本来はすべき場面ではないか。
#日本語